闘え!介護職

介護施設での実体験、学んできた知識等を書いていきます。主に施設の介護職員向きです。現状に対し色々な方法を提案するという形で闘っていきます。

認知症の人の行動分析及びコミュニケーションの一例

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認知症の人へのコミュニケーションの取り方は本当に難しいと思います。

 

進行度合い、その人その人の生活歴、習慣、性格…

 

これらが混ざり合い、様々な症状

いわゆる「周辺症状(BPSD)」が起こります。

 

このBPSDが、介護者が感じるストレスの中で、多くの割合を占めるのではないでしょうか。

 

食べ物じゃない物を口に入れる(特に排泄物…)

ブラシで歯を磨こうとする

お風呂の栓をせず水を出しっぱなし

暴力暴言

昼夜問わず歩き回る

家(施設なら自分の部屋)に帰ってこれない

失禁

 

などなど…

 

 

これら全てを真正面から受け止めると、

あっという間に介護者・職員のストレスは溜まっていきます。

 

在宅であれば24時間365日の終わりが見えない介護、

施設であれば他の仕事をしながらもそういった人の対応をしなければならない

(更に周囲との人間関係も)

 

 

「何で言うことを聞いてくれないんだ」

「何でこんな大変な人を利用させたんだ」

 

と、思ったことがある人もいるでしょう。

 

 

 

そういった認知症の人へのコミュニケーション、誘導の仕方の一例を紹介します。

 

まず、

ひとくちに「認知症」といっても、

その中で

 

誘導内容のどの部分がわからないのか

 

をつかむことが大事です。

 

前回のブログ内容と重なりますが、

 

「トイレの仕方がわからない」

という例があったとしたら、

 

トイレということがわからない(事業所のトイレのつくりが自分の思っているトイレと違う)

のか、

立ち方がわからないのか、

ズボンの下げ方がわからないのか、

排泄の仕方がわからないのか…

 

といった感じです。

 

そのように分析していくと、わからない部分に応じた対応が必要だと気づきます。

 

そこに更に、言葉の意味を理解し、なおかつそれを実行することができるかを見ます。

 

言葉だけでは通じていなそうならこんな感じで、

 

「文章と絵」

 

にするとわかりやすくなります。

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もしくは、

手を動かしてバーに掴まってもらったり、

「バー」

ではなく、

「前の白い棒に掴まって下さい」

などと声かけを工夫すると通じたりします。

 

 

もうひとつ大事なもの。

 

認知症の人は、一度に多くの話をされると混乱すると言われています。

 

例えば、

 

「トイレに行くのでそこのバーに掴まって立って下さい」

 

などです。

 

この場合、

トイレに行く

そこのバー

掴まって

立って

 

と、4つの情報をいちどに伝えています。

 

これでは、伝わるものも伝わりません。

 

我々もいちどに色々なことを言われればついていけないか、ひとつふたつは抜けたりしますよね。

 

特に認知症はそれが顕著です。

そんな声かけをしていると、途中から不自然な行動をとり、

記録に「不穏」と書かれたり、

いきなり全介助にされたりしてしまいます。

 

情報は短くシンプルにし、

ひとつひとつを区切って声をかけてみて下さい。

 

「トイレに行きますよ」→「白い棒に掴まって下さい」→「立って下さい」

 

といった感じです。

 

その一連の動作の中で、つまづく部分を見つけ、その部分をサポートしてあげると良いと思います。

 

 

こういった取り組みをすることで、

 

立てないと思って無理やり抱えて移乗する

(不安・恐怖心から座ろうとし、お互い負担が大きくなります)

とりあえずオムツ対応にする

 

といった

「考えないその場しのぎの対応」

にならずに済むかもしれません。

 

また、上記の分析をすることで、

利用者の「できる部分」

についてより細かく知ることができます。

 

「トイレの場所はわからないけどおしっこの出し方はわかるんだ!じゃあトイレの場所がわかるようにすればいいよね!」

 

といった感じにです。

 

ちなみに私はこのやり方で、

立てないと思われていた人を毎日トイレ誘導をしていました。

だってパットには出てなくて、トイレに座ったら勢いよく出ることをたまたま知ったから。

今いる場所がトイレかトイレでないかの区別がついているんだと思って取り組んだわけです。

 

まだまだできる部分が沢山あるかもしれませんよ。

 

 

 

次に、認知症の人の心理状態についてみてみます。

 

認知症の場合、記憶障害のため、今まで知っていたこと、できていたことが徐々にできなくなってきます。

 

しかし、その中で、利用者は

「今自分がわかっている(覚えている)知識をフル稼働し、その状況に応じた本人なりの最良な行動をとっているのです。

ワザとやっているわけではありません。

 

これを最初に書いた「困りごと」に少し当てはめてみましょう。

 

食べ物じゃない物を口に入れる

→「目の前に何か見たことのない茶色いものがある。まんじゅうかな。ちょうどお腹も空いてるし、食べれるかな。口にしてみよう。」

(空腹ということ、目の前の物体をもつこと、口に入れ食べることはできるが、目の前の物体が何かわからない。もしくは、丸めたおしぼりをちくわだと思うなど、自分の覚えている食べ物と勘違いする)

 

お風呂の栓をせず水を出しっぱなし

→「夜だし風呂を入れよう。ん?この黒い丸いのは何だろう。わからないから触らないでおこう。次はこのレバーを入れればお湯が出るな。

あれ?全然あったかくならないしお湯も貯まらないぞ。」

(風呂を入れることはできる。その一連の動作にあたり、栓をすること、レバーをお湯に合わせることを忘れている。)

 

といった感じになります。

 

 

どうでしょう?

 

これは一例ですが、認知症だからといって、

全部が全部できなくなった、何もわからなくなったわけではないです。

 

上手く分析できて、その人の「忘れている部分」にアプローチができれば、その人にとって

より過ごしやすい生活になるのではないでしょうか?

 

それに、こういった考えをもっていれば、

万が一そういう場面にあっても自分へのダメージが軽くなったり、アセスメントに入れ込むことができたりします。

 

 

他にも応用できる場面がありますが、

長くなったので今日はこれで。 

 

 

 

 

 

 

 

認知症の利用者の暴力暴言についての考察

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認知症の人の対応は、ほんとうに難しいものです。

 

中には突然暴力や暴言が出る人、

排泄物を口にする人、

食事を食べようとしない人など、

 

様々なケースがあります。

 

それが職員、在宅では主に家族の悩み、ストレスになることも多く、

それが自分の中で処理しきれないと、 

 

自暴自棄

ネグレクト

心身の虐待

 

などにつながるおそれもあります。

 

「糸がプッツリと切れた」状態ですね。

 

できることなら、そこまで追い詰められる状況は避けたいものです。

 

 

 

そんな認知症の人の対応や心理状態についての私の意見です。

 

 

認知症の中核症状の中に、

 

「記憶障害」

 

があるのはご存知だと思います。

 

この「記憶障害」ですが、忘れる部分が色々です。

 

例えば、

 

例① 暴力、暴言がある場合

いわゆる「すぐ手が出る人」をイメージしてみてください。

暴力、暴力を振るう理由は当人でなければわからないと思いますが、

記憶障害によって、自分がどういう状況におかれ、何をされるのがわからなくなっていると考えられます。

 

そうなると、


排泄介助→いきなりズボンを下げられる

入浴介助→いきなり裸にされる

食事介助→何だかわからないものを口に入れられる

 

と、捉えてしまいます。

 

更に、


「嫌だ」という気持ちを表現できず(もしくはその感情が何なのか分からず)、不快感から手がでてしまう。



何の前触れもなく手が出る場合は、

 

目の前の介助者が何者かわからない、もしかしたら人だという認識もないのかもしれません。

更に、これから何をされるのかもわからない。

だから防衛本能からの行動なのかもしれません。

 

イメージとしては、

自分がある日突然外国の知らない地に放り込まれた感じでしょうか。

周りの人が何を言ってるのかもわからない。

ここがどこかもわからない。

いくら介助者が笑顔で対応しようとしても、

それなら目の前から介護者が笑顔で来られても構えると思います。

 

もしくは、アニメや映画などで、

皆が突然異世界に連れて来られたシーンをイメージしてください。

「どうしてこんなとこに連れてくるんだ!」

と、怒ったり泣いたりしているシーンがあると思います。

自分の意に反して連れて来られた(介助された)時の反応はこういうものじゃないかと思います。

 

以下を自分に当てはめてみてください。

 

ある日突然知らない所にいる。

周りは人間ではない者たちがウロウロしている。

更に言葉は何を言っているのかわからない。

そんな中、笑顔でこちらに来て、何かを言っている。

 

構えたり、場合によっては敵だと思うかもしれないのではないでしょうか?

 

 

こういったケースの場合、記憶障害の中でも、

場所

言葉の意味

人間という認識

 

などが失われていると予想できます。

 

ただし、文字や絵はわかったり、身体を動かすということは覚えていたりします。

 

なので、

介助前にジェスチャーをしたり、

食事であれば食器を持ってもらう

移乗であれば手すりを握ってもらう、

入浴であれば手桶や垢すりを持ってもらう

 

などで、拒否なく介助に入れる場合もあります。

利用者に安心感を持ってもらうという部分から、ユマニチュードも有効な場面もあります。

 

 

例② 食事を食べない場合

配膳しても全く手をつけず、介助しても口を開けないという人がいるとします。

 

この場合考えられることは、

 

目の前にあるお膳が何なのかわからない

箸やスプーンの使い方、食器の持ち方がわからない

スプーンを持っても、それで食事をすくい、口に入れるという動作がわからない

 

などが予測されます。

 

なので、

 

ご飯の上に主菜を乗せてみる(何でもかんでも混ぜるのではないです)

食器の色を変えて中の食事を見やすくする

なるべく刻んだりミキサーにしたりせず、原形そのままの状態で提供する

(凍結含浸食など、咀嚼や嚥下状態に問題がある人でも、原形に近い形で食べられるような方法もあります)

食器を持ってもらう

などがあります。

 

参考までに私の実体験として、

隣に座り、

「私も一緒に食べますね」

と、自分もご飯を食べたことがあります。

それも、カレーやパスタなどのにおいが濃いめのメニューをワザと選んで。

利用者の嗅覚にアプローチしつつ、隣で一緒に食べることで、相手も食事動作を真似しやすくしました。

 

そのうえで、

「●●さんも、ご飯が冷めないうちにどうぞ」

声をかけました。

 

その結果、食事を食べてくれた…ということがありました。

 

ちなみに、これは何度か試し、ほぼ毎回成功しています。

 

 

例③ トイレ誘導がしにくい場合

トイレに誘導するも、バーを掴んだまま離さなかったり、立ってくれなかったりするけど、トイレ誘導必須の人がいるとします。

 

この場合、

トイレということがわからない(事業所のトイレのつくりが自分の思っているトイレと違う)

立ち方がわからない

ズボンの下げ方がわからない

排泄の仕方がわからない

 

などが予想されます。

 

しかし、

文字や絵は理解できることもありますので、

 

トイレ動作の一連を「絵と文書」で貼る

バーに掴まり前傾姿勢をとり、

「立って下さい」

もしくは

「お尻上げてください」

と声かけをする

「おしっこをして下さい」という声かけを

「方言」で言う

あえてポータブルトイレを使う

トイレに座る動作を真似てみる

 

などの方法があります。

 

利用者によって反応は様々ですが、

私はこれらの方法を試し、

立てないと思われていた人をトイレ誘導することに成功したことがあります。

 

もちろん、それが通用しない人もいましたが。

 

 

認知症について大事なのは、

 

記憶障害の中でも

動作の中でどの部分がわからないのか

です。

 

ただ漠然と「状況理解ができない」

ではなく、

 

生活動作を細かく分けた時に、

どの部分がわからないのかが見えてくる瞬間があります。

 

物の認識なのか、動作の仕方なのか、手順なのか。

 

その、「わからない部分」をつかんでアプローチをすると、できないと思われていたことができた…ということがあります。

 

 

 

こうして考えながら対応してみると、

介助の理解ができなかったり、

暴力や暴言がある人を相手にしても、

自身のストレスが軽減できる可能性があります。

 

ただ、そういったことに気づき、色々なアプローチを閃くには、

それなりに勉強をする必要があります。

 

利用者は人それぞれです。絶対というものはありません。

これらの対応が通用する人もいれば、通用しない人もいます。

 

ですが、引き出しは多い方が絶対いいです。

それだけ色々な気づきにつながり、アプローチ方法も広がります。

 

人間相手なので「ベスト」はほぼ不可能に近いですが、

少しでも「ベター」には近づけていけると思います。

 

検討→実行→評価の繰り返し。

結局はこれが一番の近道なのかもしれません。

 

 

 

 

 

無意識に行なっている「意見の押し付け」

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外部研修や最近ではSNSなどで、介護現場の様々な事例や悩みなどを話したり、投稿したりする場面を多くみかけます。

 

それに対する注意点をまとめました。

 

 

様々な事例、困りごとなどに対し、

 

自分や自分の事業所の経験、体験を

 

「参考程度に」

 

伝えるのは良いかもしれませんが、

 

中には、

 

「●●しなきゃダメだ」

「●●であるべきだ」

などと、

自分の意見、思想を押し付けるかのような表現をしている人がいたりします。 

 

自分と異なる意見を聞いても聴く耳をもたず、更に相手を納得、論破しようと、

更に勢いを強くしてきます。

 

時には見下してくる場合もあります。

 

 

こういう人たちは、時として相手や同業者を追い詰めます。

 

 

当人は、良かれと思って言っているのかもしれませんが、

 

よく考えてみてください。

 

利用者の状態も状況も異なり、

職場環境、勤務形態、人員、能力なども全て異なります。

 

立派な考えや理想を持つのは結構だし、

実際に自分のところではうまく事が進んだうえでの発言かもしれません。

 

しかし、

そういった個々の状況を無視し、意見や思想を押し付けるだけの言い方は、

話し合いでもアドバイスでも何でもありません。

 

場合によっては汚い言葉のひとつも浴びせたくなるかもしれません(笑)

 

 

特にインターネットの世界では、顔も名前も本当かどうかわからない分、感情的になりがちです。

 

相手が不快に思おうが、自分には関係ないですからね。

 

 

またこれは、

他の職種に意見される場面でも同じ事が言えます。

 

例えば、

相談員「●●さんトイレって言ってます」

介護「今さっき行きましたよ?」

相談員「でも、トイレって言ってますよ?誘導してください」

そして…

他の業務が回らなくなる、もしくは、他の人への対応が遅れる。

 

これは極端な例ですが、

現場の状況、普段の仕事の進め方を無視して、

正論を突きつけてきます。

 

はっきり言って面白くありません。

 

しかも、

正論だけに余計にたちが悪いです。

 

 

といっても、こういう例は仕方ないかもしれません。

 

職場で言えば、

他の部署の業務内容や時間のやりくり、優先順位はわからないし、

外部研修やSNSであれば、

相手の事業所の内情はわかりません。

 

反論されても、

言い訳と捉えてしまいかねない可能性もあります。

 

相手に悪気はないかもしれません。

 

 

なので、冒頭にも書きましたが、

 

自分の経験や体験をあくまでも、

参考程度に…

といったニュアンスで伝えた方が、

お互いの精神衛生上にも良いでしょう。

 

悩みや苦しみに対して、その現場に携わっていなかったり、部外者などから、

 

「そんなの簡単ですよ?勉強不足なんじゃないですか?」

 

などと見下されてるように言われたら、不快に思うのは当然だと思います。

 

そこまで言うなら事例の一つ二つ紹介したほうがよほど良いのではないでしょうか。

 

 

 

現場は違えど、同業者である以上、

仲間内での揉め事は避けたいものです。

 

 

 

 

 

施設入所における「生活の制限」について

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介護施設に入所するということは、

それまで送ってきた生活からガラリと違う生活になります。

 

その場合、多くは

 

今まで自由にしていたことができなくなる

自分のペースで過ごしにくくなる

施設の日課に合わせざるをえなくなる

 

など、いわゆる

 

「管理された生活・制限のかかる生活」

 

になりがちです。

 

例えば、

 

  • 食事の時間が決まっている
  • 入浴の曜日や時間が決まっている
  • 病気を理由に食べたいものが食べれない
  • 見守りという理由で常に職員の目がある
  • 日課がある程度決まっており、それに合わせて起こされる(寝かされる)

 

などがあるでしょうか。

 

これだけみると窮屈な生活に思えます。

 

これらの中には、

事業所や各場所の工夫で何とかできるものもあるかもしれませんが、

 

利用者の状態やニーズは人によって違います。

 

100人入所しているとしたら、

 

100通りの心身状態、生活習慣、ニーズがあるわけです。

 

例えば食事ひとつとっても、

 

時間

メニュー

場所

 

など、それぞれ違います。

 

これだけでも全員の要望を完璧に対応するのは難しいのに、

ここに更に、

各種規定、事業所の日課、勤務形態などが重なってきます。

 

こういった現状では、

どうしても拾いきれない(対応できない)

ニーズが出てきます。

 

限られた時間、人員の中で、

誰かに重点的に対応すればその間他の誰かの要望が満たせないという場面がどうしても出てくるのです。

 

 

それでもそういった中で、

ベストとは言えないがベターな対応をとっている結果が今の現状

 

といえるのではないでしょうか。

 

 

少なくとも、

 

健康管理

栄養管理

安全管理

レスパイト

バリアフリー環境

 

などは行えているわけです。

 

仮に何かあったとしても、大抵はその後のフォローもしてくれます。

(というか人間相手なので「絶対大丈夫」というのはないですけどね)

 

 

介護者(主に家族)ができなくなったことを

代わりに行う

 

これはかなり強みだと思います。

 

 

反面、

先に挙げた「制限」が

現状の制度や環境では出てきてしまいます。

 

 

 

これを良しとするか良しとしないかは、

その人のおかれた状況や、

本人や家族、関係者の考え方などで変わってくるでしょう。

 

(「施設は姥捨て山」

などと未だに思っている人や、

「召使い付きの住まい」

などと思っている人もいますからね。)

 

(特に後者の場合はクレームになりやすいです。)

 

 

 

ただ、多くの場合は、

病気や加齢などで在宅生活が困難となり、施設入所を考えるようになります。(主に介護者が)

 

この時、施設という受け皿がなかったとしたら、

 

介護のために仕事を辞める

(経済的なダメージ)

24時間の介護のため心身が休まらない

(心身のダメージ)

家庭崩壊

 

など、(勿論これら以外にも沢山ありますが)

介護者へかかる負担は膨大なものになり、

自分の生活も満足に送れなくなります。

 

いつ終わるかわからないこの状況が続くとどうなるでしょう。

 

心身を蝕まれ、虐待につながります。

 

中には介護疲れにより家族を殺め、その後介護者自身も命を断とうとした事例もあります。

 

 

 

 

だからといって、

 

施設が

 

「世話してやってるんだ。我慢しろ」

 

と思っているわけではありません。

そこは勘違いしないで欲しいです。

 

多くの施設は、

 

置かれている状況・環境の中、少しでも利用者のニーズに応えようと頭も身体も使っています。

 

中には職員のプライベートを犠牲にすることも少なくありません。

(私もよくやりました)

 

 

今の制度や環境では、全員のニーズに完璧に応えることは難しいのです。

 

収入度外視で、職員を何人も雇えば可能かもしれませんが、

そんなことをすれば事業所の運営ができなくなりますね。

 

そのためどうしても、利用者には窮屈な思いをさせてしまっています。

 

しかし、

利用者の心身状態を踏まえ、少なくとも安全に生活するための支援は行えます。

 

個別ニーズは環境を整え、

できる人から少しずつ行っていけばいいのではないでしょうか。

 

在宅復帰は難しいけど一時帰宅ならできる

毎週外出は難しいけど月に一回程度ならできる

夕食のカロリー調整が必要になるけどそれで良いなら昼食で好きなものを食べても大丈夫

 

など。

 

 

…それじゃだめですかね?

 

 

 

 

 

注意喚起だけでは改善はしない

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よく申し送りなどで、

「食事(水分)量が少ないから注意して下さい」

「掃除や物品の補充忘れがあるので注意して下さい」

「記録が薄いので改善してください」

 

等の話題がでるかと思います。

 

 

こういった話を聞くたびに思うのですが、

これだけで注意喚起ができて改善できると思いますか?

 

 

食事や水分に関しては、

そもそもどうして少ないのか?

(特に今の時期は)

 

味なのか

見た目なのか

認識ができてないのか、

介助方法なのか

 

等、様々な背景があります。

 

 

補充などの雑務関係ならば、

どこかに忙しい場面があり滞ってしまうのか

個々の意識の問題なのか

マニュアルがわかりづらいのか

 

等。

 

 

記録ならば、

書き方がわからないのか

時間がとれないのか

記録の必要性がわからない(=優先順位が低い)のか

 

等。

 

 

何事においても、

何か理由があったり背景があったりします。

 

そこを知ろうとしないで、

 

注意しましょう

●●やってないじゃん!

 

などといくら言っても、進展はしないでしょう。

 

だって、原因がわからないのだから。

 

結果として事態は進展せず、

 

何もやってない

意識やスキルが低い

 

なんて思われたりします。

 

迷惑極まりないですね。

 

 

注意喚起するなら、

まず、

 

理由を調べるところからです。

 

時間はかかるかもしれませんが、

結果としてそれが解決への近道だったりもします。

 

そこがわからなければ取り組みようがなく、

毎日毎日申し送りで言ったり、

会議で上司が言ったところで、

 

話は進みません。

 

 

注意を促すだけでは改善は難しいのです。

 

急がば回れです。

 

 

 

こう考えると、

 

介護シーンは頭脳労働ですね。

 

 

 

 

 

 

介護とケアマネの兼任時の注意点

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施設ケアマネの中には、

 

介護職と兼任している場合もあります。

 

今日はそういった場合の注意点についてです。

 

 

専任の場合は、

その利用者を完全に客観的にみることができる反面、

利用者の細かい状態や状況は介護や看護に比べ把握しづらいです。

これを記録だけ全てを知るのは難しいでしょうし、

そもそも記録自体が薄かったりする場合もあります。

(ちなみに私は専任でした)

 

 

介護職と兼任の場合ですが、

普段介護業務をしているため利用者の状態は把握しやすいですが、

普段介護業務をしているため、

施設都合のプランになったり、

「この人はいつも●●だから」と、

思い込みで利用者をみてしまう危険があります。

 

今風に言えば、施設や職員に対し、

「忖度」

してしまう可能性があるとでもいいましょうか。

 

こうなると、何のためのプランなのかわかりません。

 

事業所によって様々な都合はあると思いますが、

そこはプラン作成時に多職種と検討しなければなりません。

 

「利用者のニーズはこうで、現在はこういう状態で、それをクリアするにはここまでの支援が必要と思われるが、それが今の戦力で可能か。難しいならどこまでなら可能か…」

 

といった具合にです。

 

また、

「●●さんはいつもこうだから…」

と思いがちですが、

それを取り払うか、難しいなら色々な職員に聞いて回るくらいしないと、客観的に利用者をみることは難しいです。

 

それほど介護現場は周囲の状況に流されやすく思考が麻痺しやすいともいえます。

 

 

介護職として動くならまだしも、ケアマネもとなると、考え方や利用者の印象をリセットするのは難しいです。

 

介護としての立ち回り、ケアマネとしての立ち回りとそれぞれ考えを変えて動く必要があります。

 

想像以上に難しく、無意識のうちにどちらかの考えや動きのウエイトが増したりすることも多いです。

 

常に自分を客観的に見つつも、利用者も客観的に見る必要があります。

 

 

それでも兼任せざるをえない状況なら、

 

自分が関わっていない、もしくは関わりの薄いユニット、フロアの利用者を担当すれば良いのではと思います。

 

 

ただ、個人的意見を言うと、

 

ケアマネは専任もしくは相談員との兼任が良いと思っています。

 

利用者のリアルな情報を把握するのは介護と比べて難しいかもしれませんが、

 

そこは足を使って聞いてまわったり、

ケアマネが欲しい情報を他職種が答えやすいように質問方法を工夫したりして対応していけば良いでしょう。

 

手間はかかりますが、一日中パソコンに向かうよりは利用者に合ったプランができると思います。

 

 

それと、

 

通常、ケアプランはケアマネが作成しますが、

介護職の中には、

アセスメントからプランのほぼ原案まで作成しているところもあります。

 

本来は、

アセスメントの一部を他専門職が行う

 

ことが認められているのであって、

全てを丸投げはダメです。

 

というか、

ケアマネジメントの訓練も受けていない他職種が付け焼き刃でプランなど作れないと思いますが…

 

 

 

 

 

 

失敗は素直に認めよう

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先日、珍しく感情的になり、よく確認もせず文章を書いたら失言につながっていたということがありました。

 

個人攻撃をしたわけではないし、

全体から見れば取るに足りないことかもしれませんが、失敗は失敗です。

 

勿論謝罪しました。

 

 

自分への戒めも込め、

 

ミスや失敗について書きます。

 

 

結論から言うと、

自分の失敗は素直に認めてください。

 

変に反論したりすると、かえって取り返しがつかなくなります。

 

また、歳を重ねるにつれてだんだん頑固になり、

一度挙げたコブシは降ろせないとばかりに

あれこれ理由(言い訳)をして、自分を正当化する人もいますが、

 

いったん冷静になりましょう。

 

自分の意見や行動に反論をされれば、

本音は面白くないかもしれません。

 

また、自分より年下の人や経験が浅い人、異性などからの指摘はより受け入れたくないと思うかもしれません。

 

しかし、反論により感情的になると正常な判断ができなくなります。

 

わかっていることを見失う

できていたことを忘れる

 

など、自分に何一つプラスになりません。

 

仕事でいえば、

利用者の反応、自分への評価などがマイナスになります。

 

やってしまったことは素直に認め、

 

同じことを繰り返さないよう気をつければいいだけです。

介護施設で事故が発生した時の処理を自分に当てはまるようなイメージです。

 

 

指摘してくれるのはありがたいことです。

それが納得できないものであれば、

 

自身の意見を冷静に伝え、議論していけば良いです。

 

 

謝罪は子供でもできます。

大人ができないなんてことはありません。

 

 

照れくさいかもしれませんが、

明らかに自分に非があれば素直に認めましょう。

 

私も気をつけます。