闘え!介護職

介護施設での実体験、学んできた知識等を書いていきます。主に施設の介護職員向きです。現場での悩みや葛藤に対し色々な考え方や方法を提案するという形で闘っていきます。

入所を選んだ利用者の話

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その人は現役時代、家族のために働き、家族を養ってきた。

 

マジメで気を使う性格だった。

 

 

病気をし入退院を繰り返し、だんだん日常生活に支障がでてきた。

 

認知面は問題はなかった。

 

だからなのか、その人は「入所」という生活を「自ら」望んだ。

判断能力が衰えないうちに…と、

本人が望んだとのことだった。

 

それも身の回りの世話をしてくれる家族に気を使ってのことだろうとのことだった。

 

 

 

入所後もその性格は変わらなかった。

 

生活環境が大きく変わり、食事や入浴時間などが決められたり、

多床室のためプライバシー確保も個室に比べしにくい。

 

そんな環境にも不満なストレスを表に出さず、その生活を受け入れていた(ように周りには見えた)

 

職員にも気を使い、ナースコールで要件を伝える力はあるのに、必要最小限の希望しかしなかった。

 

他に手がかかる利用者に人員を割かれ、訪室するのはいつも後の方。

それでも催促ひとつせず笑顔で職員を迎えていた。

 

施設が人員不足でケアに支障が出た時も、不快感を表に出さなかった。

 

「起こしてもらうのが悪いから」と、ボランティア訪問やレクなどにはほとんど参加しなかった。

 

「少し待ってて欲しい」と職員に言われれば、いつまでも待っていた。

本来なら催促のコールを押してもいいくらいなのに。

 

 

ケアプラン作成時も、どれだけ希望を引き出そうにも、

「施設にお任せします」としか答えなかった。

 

 

体調を崩しても、痛みや難儀さを訴えに出さなかった。

 

職員は

「待っててくれる人」

「動かない人」

「苦情を出さない人」

 

というようにその人を印象付けていた。

 

 

 

 

 

月日がたち、やがて看取り対応に。

 

体調を崩す前から定期的に本人が望む・取り戻したい生活について話を聞いてきたが、

 

看取りの時期に入っても

 

「特にありません。お任せします」

 

としか答えなかった。

 

 

 

そしてとうとうそのまま亡くなった。 

 

 

 

 

 

この方は入所してから亡くなるまで、

周りに気を遣い、我慢をしてきた。

 

本人にとっての楽しみ、息抜き、安楽な生活など、施設ケアマネとして何も支援できなかった無力感を感じた。

 

結果としてただ我慢と気を遣わせただけの生活になってしまった。

 

 

遠慮したりするのは元々の性格もあるのかもしれない。

 

でも、その中にある本人の隠れたニーズを掴み取ることはとうとうできなかった。

 

 

 

本人のこういった生活の仕方の背景には、

 

もしかしたら、在宅生活が難しくなってきた時点で、自分のこれからの生活を覚悟したのかもしれないし、

 

あるいは、もう今までの生活はできないと

「諦めた」

のかもしれない。

 

 

 

だからこそ、今自分が関わっている利用者には、

 

元気なうちにできることをしてほしい。

そういった希望を出しやすいような職場環境にしたい。

話せるうちに生活の意向・ニーズを引き出したい。

 

 

 

 

今までも散々書いてきましたが、

 

平等を履き違えた全員一律のケア量や

看取り対応になってからあれこれやり始めるような介護はしたくない。

 

 

そして手がかからないからと、

利用者の声に耳を傾ける時間をろくにとらなかったり雑な対応とならないよう、

 

手がかからないと言われる人ほど注意深く

 

「視て」

 

いきたいです。

 

 

 

 

もし家族の入所を考えている方がいたら、

 

元気なうちに、意思表示がはっきりできるうちに、

 

どういった老後、どういった最期を迎えたいか、

少しでもいいから話し合ってみてください。

 

そして可能であればせめて老後くらいは自分の人生を楽しめるような環境にしてあげてください。

 

そのために福祉関係者は協力を惜しみません。

相談してみてください。

 

 

何十年という人生を歩み続けているのに

最後の最後まで他者に気を使い続け、

自身は我慢を続けたまま…というのは介護に関わるものとして寂しく思います。

 

 

そして福祉関係者は、そういった利用者、家族の願いをできる限り叶えられるようお願いしたいです。

 

もちろん、私含め。

 

 

もしかしたら今やっているその個別対応の背景には、そういった願いが込められているのかもしれません。

 

そして余計な手間だと言われるその個別対応は、今を逃したらもう2度とできなくなるかもしれないから…