闘え!介護職

介護施設での実体験、学んできた知識等を書いていきます。主に施設の介護職員向きです。現場での悩みや葛藤に対し色々な考え方や方法を提案するという形で闘っていきます。

看取りケアは生活の一部分にすぎない

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介護の仕事、特に特養などの施設サービスでは、

利用者の死に関わることが多いと思います。

 

 

だんだん食事がとれなくなり、体力が落ち、臥床の時間が多くなり、反応も乏しくなり…

 

一説には、身体が死への準備をしている

とも言われているそうです。

 

 

いわゆる、「看取りケア」「ターミナルケア」と呼ばれてくる時期です。

 

この「看取り(ターミナル)ケア」ですが、看取り期だけをピックアップして手厚いケアを行うといった考え方が多くあったので、それに対する警鐘を書きたいと思います。

 

 

看取りケアの時期にさしかかった時の動き

食事や水分がとれなくなり、体力が落ち、臥床の時間が多くなり、反応も乏しくなってくると、

医師から家族へ状況説明がなされ、見解を述べます。

 

そして、「あまり長くは…」というような判断を医師がした場合、事業所、家族、医療職などの各専門職で話し合い、

看取りへ移行の準備に入ってきます。

(ほとんどの場合、利用者本人はこの時期は会話もままならないし、本人の前でこういう話はしません)

 

そしてケアプランの変更=ターミナルプラン作成、

そのプランの同意をもらった時点でターミナルケアへ移行となります。

 

看取りについての職員間の考えの対立

この時よく耳にする言葉が、

 

「無理に延命治療はするべきではない」

「何もせずそのまま穏やかに死を迎えた方がいい」

 

とか、

 

「看取りケアだから●●しよう」

(こちらの記事参照)

 

www.kaigobilly69.net

 

 

などです。

 

 

どちらの意見も私は物凄く違和感を感じます。

 

だって、こういう意見はいずれも、

本人や家族の意向でなく、事業所や職員の意見の押し付けに感じるから。

 

看取り期の過ごし方は誰が決めるのか?

延命の有無にしろ生活の仕方にしろ、それぞれの特徴を伝えた上で、どういう生活を望むのかを選択肢として提示・説明はするけど、それを考えて決めるのは本人や家族です。
事業所や職員が主導し、「●●するべきです」「●●したほうがいいです」なんて言うべきではありません。

 

そこに時代がどうとか外国はどうとか世論はどうとかは関係ありません。

 

利用者一人一人、全て違ってきます。

 

実際に自分の家族が死に近づいていると感じた時、経管栄養や点滴、その時できる医療などで少しでも延命を望む家族もいるでしょう。

 

できる限り苦痛がないように緩和ケアを中心とした対応を望む場合もあるでしょう。

 

自宅で死を迎えたい人もいるでしょう。

(これは過去に実際に経験しました。施設を退所し、そのまま自宅で最期まで家族と過ごしたとのことです)

 

 

介護関係職は本人や家族の考えの手助けをする

施設は入所時やプランの更新時、及び状態変化時などに、

色々な情報提供をし、なるべく多くの選択肢があるよう手助けを行い、

 

「どういう生き方をしたいのか」

「どのような最期を迎えたいか」

 

といった意向確認はするけど、いざその状況に直面すれば家族の意向だって変わってくるかもしれません。

 

どんな選択をしたとしても事業所として、そこを尊重しできる限りの支援をしていけばいいのです。

 

 

看取りケアだけをクローズアップすべきでない

看取りケア「だけ」をクローズアップし、

 

「看取りケアに力を入れている事業所です」

 

とうたう事業所や、

 

これは未確認ですが、「看取り士」なんていう資格があるという噂を聞いたことがあります。

 

何で看取り「だけ」ピックアップしてるんでしょう。

 

 

我々介護関係者は利用者の「生活」を支えています。

 

利用者と家族の意向、利用者の現在おかれた状況から、その人のニーズを拾い上げ、それに応じたケアプランを作り、ケアに入りますよね。

 

そしてケアプランは変更可能で、利用者の状況が変わったりすれば、その状況に応じたケアプランを作ります。

 

当然これは「看取り期」も含まれます。

 

あくまでも看取りというのは生活の一部。

本来、そこだけを切り取って考えたりはできないはずです。

 

 

うがった見方をすると、「外部にいい顔をしたい」としか思えないのです。

 

 

おわりに

看取り期だろうとそうでなかろうと、

 

「利用者の状態に応じたケアをする」

 

これに尽きると思います。

 

過度なパフォーマンスはいらない。

利用者、家族の心情を汲み取り、出来る限りその意思を尊重したプランを立て、ケアを行う。

 

事業所が考えを押し付けるものでもないし、それを大々的にアピールするものでもないと思います。

 

死に対する考え方は人それぞれであり、本人や家族はもちろん、

その人たちを取り巻く親類、友人、隣近所、地域。

多くの人たちの想いが複雑に絡み合ってきます。

 

事業所が何気なしに行った(選ばせた)対応も、

場合によっては残された家族がお通夜の場などで責められることもあります。

気軽に「●●しましょう!」なんて言えるものじゃないんです。

 

だからこそ普段から本人や家族とコミュニケーションをとり、連携をとっていくんです。

 

我々は生活全てを支える仕事。

 

看取りだけをピックアップしてのアピールが本当に良いことなんでしょうか?